Beauty(美容 コスメ モテ)

整形した事実を隠す人と隠さない人の意識の違いについて

世の中には、二種類の人間がいる。

 

整形した事実を隠す人と、隠さない人である。

 

整形の事実を隠す人は、どれだけ自分の顔がいわゆる整形っぽい顔になっていても、過去の友達と会ったときに、明らかに自分の顔が変わっていても、

 

「成長だ」とか「化粧だ」とか言い張る。

 

絶対に整形だとは明かさないし、整形してないと嘘をつく。

 

別に、私はそういう嘘は悪だとは思わないため、好きにすればいいけれど、

 

多分だけれど、整形を隠す人に攻撃的になる人は、「ズルい」と思って嫉妬してるだけだし、

 

いくら「お前の顔は整形だろお?」って追求したところで、

 

『ここで私が整形じゃないといくら言っても君は結局信じないし、たとえ私が整形だとしても、整形だと本当のことを言わないなら、話の埒が明かないよな?』

 

となるため一歩も前に進まないので、この手の議論は不毛である。

 

ところで、なんで整形を隠す人は、整形を隠すんでしょうか?

 

私は前々から不思議に思ってたので、この際ちょっと真剣に考えてみたんですよ?

 

親にもらった体に傷をつけてることが後ろめたいから?それとも自然に生まれ持ったものに価値があるから?

 

どちらも、論理が結構破綻しているところがあります。

 

まず、親にもらった体を傷つけてはいけないという論理に当てはめると、外科手術を受けてはいけないことになってしまうし、

 

コンプレックスを治したいという気持ちが病気ではないことになってしまうなら、うつ病とかそう言う精神疾患は病気ではなくなってしまう。

 

また、生まれ持ったものに価値があるという考え方は、ありとあらゆる差別の源になるし、

 

そんなことを言えば、例えば金持ちのボンボンだって生まれつき金持ちなんだから崇められなきゃいけないけど、

 

世間は親が金持ちってだけだと、むしろ親の七光りとか揶揄されて、むしろネガティブイメージ満載になる。

 

ていうか、はっきり言って、見た目が生まれつき良いって言うのは、

 

別にお前の功績じゃなくて、ご両親の功績なのだから、お前も二世のボンボンと同じやないかーいってならなければおかしいが、

 

なってない、誠にアンバランスな世の中である。

 

だから、そういう色んな現実を踏まえれば、やっぱり整形だろうが美しいものには価値があるし、外科的手術を受けることは恥ではない。

 

じゃあ、なぜ一部の整形を受けた人は、その事実を隠し通そうとするのか?

 

これは多分、単純で、

 

整形はしたけど、整形したって言えるほど自分の見た目が良くないと思っているからでしょう。逆に、整形したことを誰彼構わず、こっちが聞いてもいないのにペラペラ喋ってる人は、自分が整形して、成功して、美しくなってるから、それを自慢したいんでしょう。

 

と、私は思うわけです。

 

そりゃ、自分が今まで自分の見た目が嫌いだった人が、顔を外科的手術で変えてみて、

 

クールな見た目になったっていうなら、言いたいでしょう。

 

最初は隠そうとするのかもしれないが、そのうち段々言いたい気持ちになってくるはずだ。

 

が、そんなことにならず、絶対に事実を隠蔽しようとしてる人は、

 

わざわざ「自分整形してます」なんて言ってしまった後に、

 

「これで?」とか思われるリスクを背負うのをやめようって思ってるんじゃないかなと思うわけです。

 

自分で自分を見ても、「これで?」と言われかねないレベルだなと自分で思っているから、他人には隠すし、

 

だけど、同時にももう面倒くさいから追随で金を積むのもやめておこうという感じで、ある意味、見た目と自分の意思が、適切に離れたという感じなんだと私は思ってます。

 

もちろん、ここで言ってることが全部だなど言わないが、まあ、多分、当たらずと雖も遠からずだろうなって感じで、

 

今日の投稿は以上になりますー!




-Beauty(美容 コスメ モテ)

Copyright© lebh(レべ) , 2021 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.